沼牛駅

深名線の駅、沼牛の廃駅画像です。

駅舎、当駅は深名線の全線廃止に伴い、1995年9月4日に廃止となった。営業当時から使用されている木造駅舎が現在も残っており、地元有志による維持・保存活動が行われている
駅舎には営業当時の姿を再現するため駅名標が取り付けられている
駅舎内部の様子、駅舎内部は通常非公開であるが、イベント開催時に限り駅舎内に立ち入ることができる(窓越しに撮影)
駅舎内部の様子(窓越しに撮影)
ホーム側から見た駅舎の様子
廃止時、ホームは単式1面1線の棒線駅であり、列車の行き違いは不可能であった。現在は線路は撤去されているものの、ホームは残されていた。
駅名標は設置されていないが、枠は営業当時のまま残されていた
ホームから深川方面を望む、当駅駅舎の維持保存・復元活動の一環で、腕木式信号機の設置が行われ、点灯もするようである。当駅の駅跡が未来永劫保存され、当地に鉄道があった歴史を伝え続けることを願うばかりである。

 

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所在地:北海道雨竜郡幌加内町
乗入路線
■ 深名線

政和駅

深名線の駅、政和の廃駅画像です。

駅名標、営業当時に設置されていたホーロー縦型駅名標が保存されている。当駅はJR深名線の全線廃止に伴い、1995年9月4日に廃止となった
駅名標の下には開業日と廃止日が記載されており、1931年から1995年まで64年間営業されていたことがわかる。なお廃止日は営業最終日である1995年9月3日となっている。
駅舎、当駅営業当時の駅舎は現在も解体されずに残されている。駅舎は一時期そば屋として使用されていたこともあるが、現在はそば屋の営業は終了し倉庫となっている。駅舎時代の外見はとどめておらず、保存されたホーロー駅名標のみが駅舎であったことを示す唯一の生き証人である。
廃止時、当駅は単式1面1線のホームを有していたが、現在はホーム跡は撤去され現存していない。当地に鉄路が通っていたことを示すものは駅舎以外に何も残されていない状況である。
上幌加内ー当駅間に存在した「第三雨竜川橋梁」は、深名線の橋梁としては唯一保存されている橋梁である。技術の歴史的な役割を後世に伝える鉄道橋として北海道選奨土木遺産にも認定されている。
線路跡に立ち間近で橋梁を眺めることもできる

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所在地:北海道雨竜郡幌加内町
乗入路線
■ 深名線

添牛内駅

深名線の駅、添牛内の廃駅画像です。

駅名標、当駅は深川駅と名寄駅を結んでいたJR深名線の駅であったが、同線の全線廃止に伴い1995年9月4日に当駅も廃止された
駅舎、営業当時に使用されていた、開業当時からの木造駅舎が地元有志の手によって復元・保存されている
駅舎には木製の駅名標が取り付けられていた
駅舎内部の様子、駅舎内には駅名標等、当駅営業時代の備品が保管されている。駅舎内は普段開放されていないが、不定期に開催されるイベントの際に限り、駅舎内の開放が行われているようである。
駅スタンプや駅ノート等はボックスに入れられた状態で駅舎前に保管されている
ホームは単式1面1線の棒線駅であり、列車の行き違いは不可能であった。現在、線路は撤去されているものの、ホームはそのまま残されている。
当駅が立地する幌加内町は道内はもとより全国でも屈指の豪雪地帯であり、厳冬季には2メートルを超す積雪を記録することも多い。4月末の取材時にも残雪が残っていた。
当駅の駅跡が末永く保存され、当地に鉄道があった歴史を伝え続けることを願うばかりである

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所在地:北海道雨竜郡幌加内町
乗入路線
■ 深名線

上砂川駅

函館本線上砂川支線の終着駅、上砂川の廃駅画像です。

駅名標、当駅は函館本線上砂川支線の終着駅であったが、上砂川支線の廃止に伴い、1994年5月16日に廃止された
「悲別駅」仕様の駅名標、当駅は倉本聰脚本・演出のテレビドラマ「昨日、悲別で」のロケ地として使用され、同作品内で「悲別駅」として登場した経緯があるため、「悲別駅」仕様の駅名標が設置されていた
当駅設置の名所案内看板
駅舎、営業当時に使用されていた木造駅舎が廃止後30年以上経った現在も保存されている
駅舎にも「上砂川駅」「悲別駅」双方の駅名標が取り付けられている
駅舎内部の様子、当駅の駅舎は5月〜10月の夏季のみ開館しており、内部の見学が可能である
駅舎内部の様子
駅舎内部の様子
駅舎ホーム側にはかつて使用されていたと思われる改札ラッチが残っていた
駅舎には悲別駅周辺のマップが保存されていた
ホーム側から見た駅舎の様子
駅周辺には車掌車、客車も保存されており、かつて当地に鉄道が通っていた歴史を今に伝えている

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所在地:北海道空知郡上砂川町
乗入路線
■ 函館本線(上砂川支線)

東明駅

三菱鉱業美唄鉄道線の駅、東明の廃駅画像です。

駅名標、当駅は三菱鉱業美唄鉄道線の途中駅として開設された。三菱鉱業美唄鉄道線は函館本線美唄駅を起点に東へ伸び、常盤台駅までを結ぶ10.6kmの路線であった。最盛期は石炭輸送の貨物列車を中心に運行されたが、炭鉱の衰退に伴い、1972年6月1日に全線が廃止され、当駅も廃止された。
駅舎、当駅の駅舎は廃止後、三菱鉱業から美唄市に寄贈され、地元有志により現在まで保存されている。美唄鉄道線の駅跡のうち、当時の駅舎が保存されているのは当駅のみである。
駅舎出入口は通常封鎖されており、内部に入ることはできないが、夏季(5月〜10月)に限り、月に1度駅舎内の公開が行われており、公開日に限り駅舎内の見学が可能である
駅舎出入口付近には当駅・美唄鉄道について紹介する看板およびベンチが設置されていた
ホーム側から見た駅舎の様子
駅舎から少し離れた箇所には当時のホームも保存されている
営業当時、ホームは島式1面2線であり、列車の行き違いが可能であったようだ。廃線跡はサイクリングロードに転用されたが、現在はサイクリングロードも廃止され、危険なため通行は禁じられている。
ホームの駅舎反対側には線路も残されている
駅跡にはかつて実際に三菱鉱業美唄鉄道線で運行していた、国鉄4110形蒸気機関車と同形の2号機関車が保存公開されている。この機関車は、日本で唯一公開されている4110形機関車でもある。

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所在地:北海道美唄市
乗入路線
■ 三菱鉱業美唄鉄道線