上伊万里駅 筑肥線の駅、上伊万里の改札画像です。 駅名標。伊万里焼と思われるイラストが入る。 駅名標の片面には掲示物が貼られており、掲示板同然の使われ方をされている。 駅入口。当駅はホームがあるのみの無人駅であり、駅舎も改札口も存在しない。ホームへは通路を通ってダイレクトに行くことができる。 ホームへ向かう通路の途中には少し広いスペースがある。かつてはこの場所に駅舎があったものと思われる。 ホームは単式1面1線の棒線駅であり、列車の行き違いは不可能である。 当駅の待合スペースはホーム上にベンチが設けられているのみである。 かつては島式1面2線構造であり、列車の行き違いが可能であったものと思われる。また駅構内には貨物ホーム跡と思われる短いホームの痕跡も残る。 かつてはこの部分が構内踏切であったものと思われるが、真相は定かではない。 ————————————— 所在地:佐賀県伊万里市 乗入路線 ■ 筑肥線
大在駅 日豊本線の駅、大在の改札画像です。 駅名標。近年大分支社管内で設置例が増えているメイリオフォントタイプの駅名標である。イラストは入っていない。 駅舎。近年改築された駅舎であり、屋根は波を、窓は泡をイメージしたデザインとなっている。 改札口。取材当時は有人駅であったが、駅遠隔案内システム「ANSWER」導入に伴い無人化された。交通系IC専用の簡易改札機が設置されている。 取材時はみどりの窓口が営業していたが、無人化に伴い営業を終了した。 駅舎内部は待合室となっている。 ホームは2面3線となっており、列車の行き違いが可能である。 ————————————— 所在地:大分県大分市 乗入路線 ■ 日豊本線
歓遊舎ひこさん駅 日田彦山線の駅、歓遊舎ひこさんの改札画像です。 駅名標。イラストは入っていない。日田彦山線の添田ー夜明間は2017年7月の九州北部豪雨により被災し不通となっていたが、鉄道としての復旧を断念し、2023年8月28日よりBRTに転換されることとなった。 駅全景。当駅の駅名は隣接する道の駅「歓遊舎ひこさん」に由来する。2008年開業の日田彦山線で最も新しい駅であったが、2017年に豪雨災害となり休止となったため、列車が発着したのは僅か10年足らずということになる。 隣接する道の駅「歓遊舎ひこさん」の様子。鉄道駅より道の駅の方がはるかに大規模であることがわかる。 駅入口。当駅はホームと待合室があるのみの無人駅であり、駅舎および改札口は存在しない。 駅出入口には集札箱が置かれている。 ホームは単式1面1線の棒線駅であり列車の行き違いは不可能である。 ————————————— 所在地:福岡県田川郡添田町 乗入路線 ■ 日田彦山線
豊前桝田駅 日田彦山線の駅、豊前桝田の改札画像です。 駅名標。イラストは入っていない。日田彦山線の添田ー夜明間は2017年7月の九州北部豪雨により被災し不通となっていたが、鉄道としての復旧を断念し、2023年8月28日よりBRTに転換されることとなった。 駅入口。当駅はホームと待合室があるのみの無人駅であり、駅舎および改札口は存在しない。 待合室外壁には木製・手書きの縦型駅名標が取り付けられていた。 ホーム上に設けられた待合室の様子 ホームは単式1面1線の棒線駅であり列車の行き違いは不可能であった。 ————————————— 所在地:福岡県田川郡添田町 乗入路線 ■ 日田彦山線
彦山駅 日田彦山線の駅、彦山の改札画像です。 駅名標。イラストは入っていない。日田彦山線の添田ー夜明間は2017年7月の九州北部豪雨により被災し不通となっていたが、鉄道としての復旧を断念し、2023年8月28日よりBRTに転換されることとなった。 かつては、全国的に貴重であった国鉄時代に設置された下がグレー色のタイプの駅名標が残存していたが、残念ながら後述の駅舎解体に伴い撤去された。 夜間は国鉄駅名標が光っていた。 国鉄時代より残存すると思われる自立式駅名標も残っていた。晩年は錆により表示が読み難い状態となっていた。 木製・手書きの縦型駅名標も残っていた。 当駅の名所案内看板。山の名前は「英彦山」であるのに対し駅名は「彦山」であり、表記が異なる。読みはどちらも「ひこさん」である。 旧駅舎。英彦山神宮をモチーフとした、英彦山への玄関口に相応しい優雅な造りの木造駅舎であった。1942年の開業以来80年に渡り使用されていたが、老朽化が進んでおり今後の維持が困難であること、バリアフリー対応が難しいことを理由に、2021年4月に残念ながら解体されてしまった。 駅舎には国鉄スタイルの1種駅名標が取り付けられていた。 夜間、点灯状態の1種駅名標の様子 1種駅名標の下には「神話と伝説・森林浴の玄関口彦山駅」と記載されていた。 当駅は無人駅であり、改札口は存在しない。有人駅時代に使用されていたと思われる改札ラッチの痕跡が残っていた。 かつての窓口跡は封鎖されており、簡易型の自動券売機が設置されていた。 駅舎内部は待合室となっていた。 当駅の駅舎は大きな屋根が特徴的であるが、屋根の軒下にもベンチが置かれ待合室同然に利用できた。 駅舎軒下部分には臨時の改札ラッチや英彦山のイラストマップが設置されていた。臨時改札ラッチは、かつて初詣や登山のシーズン等に利用されていたのかもしれない。 鳥居を模した支柱が特徴的なご案内看板。一部が欠けてしまっている。 ホーム側から見たご案内看板 臨時の改札ラッチ跡に設置された歓迎看板。当駅が英彦山への玄関口としての役割を担っていた頃の名残が感じられる。 ホームは2面3線であり列車の行き違いが可能であった。取材時は鉄道廃止、BRT転換の方針が決定し、ホームの撤去工事が一部始まっており線路は剥がされた後であった。 下グレー駅名標の裏側は国鉄様式ののりばご案内看板であった。2番のりばは添田・小倉方面への当駅折り返し列車が使用していたようである。 夜間、点灯状態ののりばご案内看板 当駅設置の番線標も国鉄スタイルのものであった 当駅設置の国鉄様式番線標。このように当駅にはかつて貴重な駅舎や看板が大量に残っていたが、これらはBRT転換に伴う駅舎解体により全て姿を消してしまった。 ————————————— 所在地:福岡県田川郡添田町 乗入路線 ■ 日田彦山線