大隅夏井駅 日南線の駅、大隅夏井の改札画像です。 駅名標。当駅は隣の志布志駅同様、日南線でただ2つ鹿児島県内にある駅である。隣の福島高松駅は宮崎県となる。 駅舎。コンクリート造りの小ぢんまりとした駅舎である。 駅舎に掲げられた駅名表示は国鉄時代から残ると思われる趣ある書体である。 駅入口。無人駅となっており改札口は存在しない。 ホーム側から見た駅入口の様子。かつて窓口があったと思われる痕跡も残る。 駅舎内には待合室がある。なお、手前の錆びた白い箱は集札箱である。 ホーム側から見た駅舎内部全景 ホームは単式1面1線の棒線駅で行違い不可。線路には草が生えているが廃線ではなく現役路線である。 駅前には種田山頭火の歌碑が置かれている。 ————————————— 所在地:鹿児島県志布志市 乗入路線 ■ 日南線
志布志駅 日南線の終点、志布志の改札画像です。 駅名標。当駅は鹿児島県志布志市志布志町志布志にある、日南線の終着駅である。以前は大隈線と志布志線も乗り入れていたが、いずれも廃線となっている。 ホームに設置されている名所案内の看板は趣が感じられる雰囲気が漂う 駅舎。現在の駅舎は大隈線・志布志線廃線後に日南線専用として新築されたもの。近年駅前広場が整備された。 駅前広場整備前の駅舎。現在と同じ駅舎であるが、駅前の様子が異なることがわかる。 駅舎入口の様子 改札口跡。無人駅となっており、券売機や改札口は存在しない。なお、当駅の乗車人員は9人/日であり、非常に利用が少ないことがわかる。 駅舎内には志布志市の観光案内所が入居している。 駅舎内の待合スペースは小ぢんまりとしている。 当駅は鹿児島県志布志市志布志町志布志と、非常に志にあふれた場所に立地している。当駅駅舎出口の看板には、「ようこそ、志あふれるまち志布志へ」と書かれている。 当駅のトイレの表示は「男志」「女志」であり、志にあふれている。 ホームは単式1面1線の棒線駅。当駅構内には留置線があるが使用されているかどうかは不明である。かつて志布志線、大隅線が現役であった頃は機関区や転車台も有する広い構内を有していたが、日南線専用となった現在は駅の規模はかなり縮小されている。 南宮崎から延べ88.9kmにわたり続いてきた日南線の線路はここが終点である。 当駅には1日10本の列車が乗り入れる。 当駅から徒歩5分弱の場所には志布志鉄道記念公園がある。この場所はかつて、志布志線と大隅線が現役であった頃の志布志機関区の一部を転用している。 公園内には気動車、SL、腕木式信号機等の展示がなされている。 公園内では屋根の下にキハ52が保存されている C58も同様に屋根の下で保存されている。 C58機関車の履歴。このC58は志布志に機関区に配置されていた志布志ゆかりの機関車である。 裏面には志布志・大隅・日南線のあゆみに関する展示がなされている。 市のキャッチコピーは「”志”あふれるまち・志布志市」。市内にある志布志港は南九州において重要な港湾であり、志布志港からは東京・大阪・那覇や国外への定期航路が運航されている。なお、この「志布志駅」の記事には、「志」の漢字が56個も使われており、非常に志にあふれた記事となっている。 ————————————— 所在地:鹿児島県志布志市 乗入路線 ■ 日南線
鶴丸駅 吉都線の駅、鶴丸の改札画像です。 駅名標。当駅は吉都線内では吉松駅と並んでただ2つ鹿児島県内にある駅である。 駅入口。駅舎のない無人駅となっており、ホームにダイレクトに入る構造である。 ホーム側から駅入口を望む ホーム上の待合スペース ホームは単式1面1線の棒線駅で行き違い不可。 ————————————— 所在地:鹿児島県姶良郡湧水町 乗入路線 ■ 吉都線(えびの高原線)
吉松駅 肥薩線と吉都線の分岐駅、吉松の改札画像です。 駅名標。当駅は肥薩線と吉都線の接続駅。吉都線は当駅起点で都城に至る。なお、かつて肥薩線は鹿児島本線、吉都線は日豊本線であり、当駅は九州の2大幹線が接続する交通の要衝であった。 ホームの立ち入り禁止箇所には筆文字手書きの縦型駅名標が残る。ホームからの撮影は不可能なため跨線橋や改札外の立ち入り可能箇所から望遠で撮影する必要がある。 駅舎。鉄筋コンクリート造りの駅舎である。 かつては有人駅であり、窓口での乗車券類の購入が可能であったが、2022年3月をもって窓口は閉鎖となり、現在は無人駅となっている。 改札内から見た有人駅時代の改札口の様子 改札口の傍らには「駅長」がデザインされた看板が設置されていた。 駅舎内の待合室には肥薩線の歴史が記されたパネルがあるほか、4畳半の畳敷の待合スペースがある。また、なぜかピアノも置かれている。 ホームは2面4線となっており、このうち1番・2番・3番のりばを旅客列車が使用し、4番のりばは留置線として使用されている。 当駅の構内は広くなっているが、これはかつて当駅に吉松機関区が置かれていた名残である。 かつて肥薩線が鹿児島本線、吉都線が日豊本線であった時代、当駅は福岡・熊本、鹿児島、宮崎の3方向から集まる交通の要衝として発展したという。なお、肥薩線の人吉・八代方面は2020年に発生した豪雨災害の影響により長期不通となっている。今後同線はどのような運命をたどるのだろうか。 かつては鹿児島本線・日豊本線という九州2大幹線の接続駅として発展した当駅であるが、現在発着する列車は単行の気動車がほとんどである。 当駅では近年見かける機会が減りつつあるキハ40形(ヨンマル)が発着する光景を見ることができる。 跨線橋内には国鉄時代から残ると思われる行灯タイプの番線標が残っていた。 1番のりばの番線標 2番のりばの番線標 3番のりばの番線標 かつて跨線橋内には国鉄スタイルの出口案内看板も残っていたが、残念ながら近年撤去されてしまった。(2019年5月取材) 改札外のお手洗には手書きと思われる看板も確認できた。 当駅構内にはかつて燃料庫として使用されていた「石倉」が残っている。 当駅の石倉は近代化産業遺産に指定されているようであり、説明書きの看板が設置されている。 石倉の横には「鉄道の資料館」が設けられている。 資料館内では肥薩線・吉都線に関する展示がなされており、かつて使用されていたと思われるタブレット装置等が置かれている。 吉都線の日向前田駅・日向庄内駅のホーロー駅名標も保存されている。 当駅駅前にはSLのC55 52号機が保存されている。 また、かつて使用されていた跨線橋の支柱と思われる構造物も保存されている。 かつての当駅構内を紹介する看板も設置されている。かつては広大な敷地に数々の設備が設けられていた当駅であるが、現在はほとんどの設備が撤去され、広大な空き地が広がるばかりとなっている。 当駅前には観光SL会館「ぽっぽ亭」があり、お土産や弁当の購入・食事を行うことが可能である。 肥薩線は当駅ー人吉間の急勾配区間が最も建設が遅れ、この区間の完成に伴い門司ー鹿児島間が結ばれた。これを記念し当駅前には「肥薩鐵道開通記念碑」が機関車の動輪とともに置かれた。現在ではその横に吉松駅開設100周年、吉都線全通100周年を記念する碑も並んで置かれている。 ————————————— 所在地:鹿児島県姶良郡湧水町 乗入路線 ■ 肥薩線(えびの高原線) ■ 吉都線(えびの高原線)
栗野駅 肥薩線の駅、栗野の改札画像です。 駅名標。かつては当駅と肥薩おれんじ鉄道の水俣駅とを結ぶ国鉄山野線が分岐していたが1988年に廃線となった。 国鉄スタイルの駅名標も設置されていた。 当駅設置の名所案内看板。文字が擦れており「栗野岳温泉」以外の解読は困難である。 駅舎。鉄筋コンクリート造りの地平駅舎となっている 当駅には簡易委託の窓口があり有人駅であるが、集改札業務は行わないため改札口は存在しない。 かつて使用されていたと思われるラッチ跡が残る。改札ラッチの横には「勝運の鐘」が設置されていた。 前述の通り当駅には出札窓口がある。自動券売機は設置されていないため乗車券類は出札窓口で購入しよう。 駅舎内には「栗太郎館」と呼ばれる観光案内所兼物産販売店が設けられている。 駅舎内には待合室も設けられている。 待合室内の様子。ピアノも置かれている 待合室内の様子 ホームは島式1面2線であり列車の行き違いが可能である。かつては2面3線構造であったようで、駅舎側の1番のりばから山野線が発着していた。 かつて山野線用ホームであった1番のりばは現在使用されておらず、ホームと駅舎を結ぶ通路として利用されている。 かつての山野線用ホームには現在も番線標が残されている。 現在不使用の1番のりばに残る番線標 当駅の立地する湧水町は西郷隆盛ゆかりの地であり、その旨が示された看板が設置されている。 駅付近にはかつての当駅の様子を撮影した写真が展示されており、山野線の分岐駅として発展していた頃の様子を垣間見ることができる。 当駅のすぐ南側には湧水町の町名の由来となった湧水の1つである「丸池湧水」がある。 丸池湧水は名水百選にも指定される水質の良さが特徴であり、湧水町における生活用水や灌漑用の水源としても使用されている。 丸池湧水の敷地内には水汲み場や売店が設けられている。水汲み場では水を汲みに来る地元民の姿がみられる。また、売店では湧水で淹れたコーヒー等の販売を行っている。 ————————————— 所在地:鹿児島県姶良郡湧水町 乗入路線 ■ 肥薩線(えびの高原線)