大畑駅

下北交通大畑線の駅、大畑の廃駅画像です。

駅舎、鉄道営業当時の駅舎が現在も残っている。当駅は下北交通大畑線の終着駅であったが、同線の廃止に伴い2001年4月1日に廃駅となった。営業当時は本州最北端の駅であったが、当駅の廃止後はJR大湊線下北駅が新たに本州最北端の駅となっている。
鉄道営業時代の改札口跡が現在も残る
駅舎は現在、下北交通のバス部門の大畑出張所として使用されているため、鉄道営業時代の窓口は現在、バス乗車券を販売する窓口となっている
駅舎内部の待合室の様子、現在はバスの待合室として使用されている
駅舎内部にはかつて売店も営業していたが、現在は営業を終了し跡が残るのみである
駅舎内には大畑町内の旅館案内の看板が残っていた、当駅に列車が来ることは無くなったが、現在はバスが発着しており大畑町の玄関口としての役割は現在も変わらない
ホームは単式1面1線の棒線駅であり、当駅構内の線路は廃止から20年以上が経過した現在も剥がされず残っている
営業当時は腕木式信号機が使用されていたようであり、現在も撤去されず残っている。また駅に併設されていた保守基地の建物もそのまま残されている
駅名標は撤去されていたが名所案内看板はそのまま残されていた。当駅は下北半島を代表する温泉地である下風呂温泉・薬研温泉の玄関口であった。現在、下風呂温泉へは路線バスが通っているものの、薬研温泉へのバスは廃止されており、デマンドタクシーでの連絡となる
当駅ホームから大畑線の起点である下北駅方面を望む、線路には車止めが置かれており当駅構内から先は線路が撤去されているようである
当駅ホームから終点方面を望む、大畑線は北海道連絡を目的として旧国鉄により建設され、当駅で大間を目指す大間線と接続する予定であったが、当駅ー大間間の大間線は未成線で終わっている。下北ー大畑間の大畑線も開業後は利用が振るわず特定地方交通線として下北交通へ転換、その後2001年に鉄路としての役割を終えた。
大畑線の線路は当駅より少し先で途切れている。もし、大間まで鉄道が開業していたらどのような風景が車窓から見られたのだろうか
前述の通り、当駅は現在バス待合所として利用されており、駅前から下北駅・田名部方面へのバスが発着する
当駅が立地する大畑町はいかの町として知られている
「本州最北端の終着駅」であった当駅は「本州最北端の始発駅」でもある。また、当駅から先、大間方面へ鉄路を伸ばそうとした遺構が現在も残るようである。本州最北端の終着駅であった当駅から、さらに北を目指そうとした鉄路の痕跡を辿る旅を始めるのも面白いかもしれない

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所在地:青森県むつ市大畑町
乗入路線
大畑線

輪島駅

七尾線の駅、輪島の廃駅画像です。

駅名標、当駅は国鉄七尾線の終着駅として開業し、1991年にJR西日本からのと鉄道に移管されたが、のと鉄道七尾線の廃線に伴い2001年4月1日に廃止された
当駅の現役時代、日本海方向の次駅欄に「シベリア」と書かれた駅名標が設置されていた。元々空白だった箇所にいたずらで「シベリア」と書かれたものを、当時の駅長の配慮により正式な表記とされ当駅の名物となった。廃止となった今も、「シベリア」表記が再現された駅名標のレプリカが設置されている
当駅廃止後、駅跡は道の駅輪島「ふらっと訪夢(ふらっとホーム)」に再整備され、鉄道駅が道の駅へと生まれ変わった。駅前にはバスターミナルが設けられ、金沢駅・のと里山空港方面への特急バスが発着し、鉄道駅時代と同様に輪島市の玄関口として機能している
道の駅の建物には「輪島駅」のプレートが取り付けられているが、これは鉄道駅時代の駅舎で使用されていた駅名標を移設したものであり、かつてこの場所に輪島駅が存在したことを示すものである
道の駅輪島内には輪島駅をイメージしたモニュメントが設けられており、線路・ホーム・駅名標・車輪・転轍機が設置されている
当駅はかつて七尾線の終着駅であったことからか、終着駅らしく「車止め」も再現されている
営業当時とは大きく異なる姿ではあるが、かつてこの場所に駅があり汽車が発着していたことを我々に教えてくれる

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所在地:石川県輪島市
乗入路線
七尾線

能登三井駅

七尾線の駅、能登三井の廃駅画像です。

駅名標、当駅はのと鉄道七尾線穴水ー輪島間の廃止に伴い2001年4月1日に廃止された。取材時は営業当時に使用されていた駅名標がそのまま保存されていた
当駅に設置されていたホーロー駅名標、取材時は駅舎内で営業していたカフェの店内に保存されていた(許可を得て撮影)
駅舎、営業当時に使用していた木造駅舎がそのまま残されている。現在はバス待合所として活用されているほか、駅舎内にはカフェも設けられている
駅舎には営業当時に使用されていたホーロー駅名標がそのまま残されていた
かつての改札口跡、廃止時点では無人駅となっていた
かつて駅事務室があったと思われる箇所には前述の通りカフェが営業していた
駅舎内には便所も設けられている
駅舎ホーム側には複数のベンチが設置されている
かつてホームがあったと思われる箇所を望む、現在はホームは撤去されており、駐車場に転用された。駅名標と駅舎のみがこの地に駅があったことを語る生き証人となっている
駐車場側から駅舎付近を望む。この地に駅があったことは、もはやぱっと見ではわからなくなってしまっている

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所在地:石川県輪島市
乗入路線
七尾線

松代駅

長野電鉄屋代線の駅、松代の廃駅画像です。

駅舎、当駅は長野電鉄屋代線の廃線に伴い2012年に廃止となったが、開業当時からのものと思われる木造駅舎は解体されずに保存され、観光案内所・バス待合所として活用されている
改札口跡、営業当時は有人駅であり係員による集改札が行われていた
営業当時に使用されていた出札窓口跡
駅舎内部はバス待合所として利用できる
駅舎軒下にはコインロッカーも設置されており、鉄道廃止となった現在も利用できる
駅構内には松代町の案内図が設置されていた
ホーム側から見た駅舎の様子
営業当時、当駅ホームは2面3線を有する交換可能駅であったが、廃線後にホーム用地は駐車場へと転用されたため、現在は駅舎側ホームのみが現存する
「屋代行乗車口」の案内表示が現在もホーム上に残る
「須坂行乗車口」の案内表示
営業当時、当駅構内には構内踏切があったようであり、遮断棒が下りると踏切の通行ができなくなるため早めのホーム入場を促す看板が残っていた
長野電鉄の複数の駅で見かける直営ホテルチェーンの予約案内看板、ネットが普及した現在では駅でホテル予約を行う例はほとんど無くなってしまった
営業当時、ホームへ入場する際は160円の入場券を購入する必要があったが、廃線となった現在ではホームへ入り放題である
「汽車ポッポ」の歌詞の石碑が駅舎前にあった、当地に汽車が来なくなって早くも10年以上が経過した
駅構内には信号てこの部品が無造作に放置されていた、この地を列車が走ることは二度とない

 

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所在地:長野県長野市
乗入路線
屋代線

信濃川田駅

長野電鉄屋代線の駅、信濃川田の廃駅画像です。

駅名標、当駅は2012年に廃線となった長野電鉄屋代線の廃駅である。廃線後も旧屋代線の駅では唯一当時の駅名標が残されている。
駅舎、廃線後も駅舎は解体されることなく残されており、中に入ることも可能である。駅前からは長電バスが発着しており、駅舎はバスの待合室としても活用されているようである。
駅舎内部、かつての改札跡が残っていた
駅舎内部には当駅の発車時刻表も残されていた。平成8年改正の表記があるが時刻は漢字の横書き表記で記載されており、レトロ感を感じさせる
駅舎内部には長野電鉄の電車の座席と思われる椅子が2つ並べて置かれていた
駅舎内部には鉄道営業当時の運賃表が残されており、運賃表には屋代線より先に廃止になった木島線の運賃も表記されている
駅舎内部には木製のベンチが置かれている
当駅ではかつて沿線の観光ホテルの予約受付も行っていたようであり、当時の掲示物が残っていた
ホーム側から見た改札口跡の様子、ホーム側にも電車の座席が置かれていた
駅長の許可のない者は駅舎内への入室を禁じられていたようだ
当駅にはかつてのホームおよび線路跡も残っていた。営業当時のホームは相対式2面2線で列車の行き違いが可能であった
構内踏切の跡が現在も残っているが、構内踏切より先の線路は撤去されていることがわかる

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所在地:長野県長野市
乗入路線
屋代線