振内駅

国鉄富内線の駅、振内の廃駅画像です。
 
駅名標、当駅は国鉄富内線の駅であったが1986年11月1日の同線廃線に伴い廃止となった。1958年に富内駅ー当駅間が開業後、廃止までの営業期間は28年であり30年足らずの短い営業期間であった
鉄道営業当時の駅舎は解体されてしまったが、バスの待合所を兼ねた「鉄道記念館」が平取町により整備された
鉄道記念館内には鉄道の営業当時に使用していた閉塞器、備品、保線用具、駅スタンプ、写真パネル等が保存・展示され、当地に鉄道があった歴史を今に伝えている
鉄道記念館内部の様子
営業当時に使用されていた看板類や機器類が保存されている
駅舎に取り付けられていたと思われる駅名標、同タイプの駅名標は現在も道内の一部駅にて見ることができる
廃止当時のものと思われる時刻表・運賃表、廃止当時当駅からは苫小牧へ1日5往復の列車が運行されていたことがわかる。また終点の日高町まで運行する列車は1日4往復であったことがわかる
鉄道営業当時に使用した器具類や看板類が保存されている
「警戒」標識は4色揃っている
当駅のものを含むホーロー駅名標やサボが保管されている
鉄道営業末期に列車に取り付けられていたヘッドマークも保存されている
駅舎は解体されてしまったが、ホームは当時のまま残されているようである。廃止当時、当駅は旅客用ホーム島式1面2線と貨物用ホーム1面1線を有し、列車の行き違い・折り返しが可能であったようだ
ホームへは構内踏切を渡って移動していたようだ
構内踏切付近から旅客用ホームを望む、ホームには客車2両と機関車1両が保存されており、客車はかつてライダーハウスとして使用されていたようだ
当駅ホーム上には平取町内にあった4駅(幌毛志駅・当駅・仁世宇駅・岩知志駅)の駅名標が移設・保存されている
幌毛志駅の駅名標、同駅跡地には現在駅の痕跡は残っていないようである
仁世宇駅の駅名標、同駅の跡地も現在は更地になっているようである
岩知志駅の駅名標、同駅の跡地も現在は更地になっているようである
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所在地:北海道沙流郡平取町
乗入路線
富内線

富内駅

国鉄富内線の駅、富内の廃駅画像です。
 
駅名標、当駅は国鉄富内線の廃線に伴い、1986年11月1日に廃止された
当駅は1923年の開業以来長らく富内線の終着駅であったが、1958年に当駅ー振内間が延伸開業したことにより中間駅となった。当駅ー振内間の開業から廃線までの営業期間はわずか28年間であった
当駅のホーロー縦型駅名標が保存されていた
駅舎、営業当時の木造駅舎が保存されており、駅舎を含む駅施設全体が国の登録有形文化財にも指定されている
改札口付近の様子
隣の穂別駅のものと思われる運賃表、ほとんどが道内の駅であり道外の駅は青森と東京都区内のみが掲載されている。当時の当駅ー札幌間の運賃は2,400円であったが、現在では富内線の起点であった鵡川から札幌までの運賃で2,400円を超えてしまう
廃止時点である昭和61年3月3日改正の時刻表が残されていた。廃止時点での運行本数は1日6往復であり、富内線の終点であった日高町まで運行される列車は1日4往復のみであったようだ
ホーム側には改札ラッチの痕跡が残されていた
駅舎ホーム側には手書きの駅名標が掲げられていた
かつての窓口・駅事務室跡の様子、廃止時点で当駅では出札窓口が営業していたようだ
廃止から40年近く経った今も手荷物預かり所の看板が残されていた
当駅の普通運賃表は出札窓口付近に掲示されていた
当駅の駅事務室内には鉄道用品が保存されていた
当駅から「駅長」がいなくなって40年以上が経過した現在も駅長看板は大切に保存されている
駅舎内部は待合スペースとなっている
駅舎内には当時の信号取扱所も残されていた
ホーム側から見た駅舎の様子
富内線のラストランの際に使用されたヘッドマークが駅舎ホーム側に展示されていた
富内線の歴史を紹介する看板がホーム側に展示されている。振内から終点・日高町の区間は開業から廃線まで営業期間はわずか22年であった
営業当時、当駅のホームは2面3線であり、列車の行き違い・折り返しが可能であった。現在も最も駅舎から遠い1線を除き、当時の線路・ホームが残されている
ホーム同士の行き来は構内踏切で行っていたようだ
当駅構内には当時の穂別町内にあった富内線の4つの駅(栄・豊田・穂別・富内)の駅名標が保存されている
当駅から振内・日高町方面を望む、当時の腕木式信号機・線路が残されている
当駅から鵡川方面を望む
当駅の鵡川方には空に向かって伸びる線路のモニュメントが設けられている
これは側線を改造したもので、宇宙飛行士の毛利衛のアイデアによる銀河鉄道をイメージしたものである
駅構内には国鉄の旧型客車であるスハ45形とオハフ33形の2両が展示されている
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所在地:北海道勇払郡むかわ町
乗入路線
富内線

春日駅

国鉄富内線の駅、春日の廃駅画像です。
 
駅名標、当駅は国鉄富内線の廃線に伴い、1986年11月1日に廃止された
駅舎、営業当時の駅舎が現在も残されており、バスの待合所として使用されている
駅舎内にはベンチ・テーブルが置かれていた
取材時点でホームの痕跡と駅名標が残されていた
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所在地:北海道勇払郡むかわ町
乗入路線
富内線

士幌駅

国鉄士幌線の駅、士幌の廃駅画像です。
 
駅名標、当駅は国鉄士幌線(帯広ー糠平間)の廃線に伴い、分割民営化直前の1987年3月23日に廃止された
駅舎、当駅は士幌線の駅の中で唯一営業当時の駅舎が保存されている駅である
駅舎にはホーロー駅名標が取り付けられていた
駅舎内には士幌線に関する資料や鉄道用品等が保存されている。駅舎内は常時施錠されているが、平日昼間に限り士幌町役場に電話することで駅舎内の見学が可能である
駅舎内には営業当時の時刻表が保存されていた。晩年では糠平ー十勝三股間は列車運行が休止され、バスによる代行輸送がなされており、列車の運行は糠平駅までの区間に限られていた
当時の窓口・駅事務室跡もそのまま保存されている


駅事務室内には看板や鉄道用品等が保存されている
ホーロー縦型駅名標も保存されていた
営業当時に使用されていた看板類は今も大切に保管され当地に鉄道があった記憶を今に伝えている
中士幌駅にもホーロー駅名標が設置されていたようだ
営業当時はタブレット閉塞により士幌線の安全運行が担保されていた
ホーム側から見た駅舎の様子
営業当時、ホームは相対式2面2線であり列車の行き違いが可能であったようだ
当時のホーム・線路と貨車が現在も保存されている
錆び付いた「帯広行」の看板が駅構内に残されていた
駅構内には中士幌駅の駅名標も保存されていた
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所在地:北海道河東郡士幌町
乗入路線
士幌線

幌似駅

岩内線の駅、幌似の廃駅画像です。

駅名標、当駅は函館本線小沢駅を起点とし岩内駅へ至る国鉄岩内線の途中駅であったが、同線の廃止に伴い1985年7月に廃止となった
ホーロー駅名標、営業当時から残るものかどうかは不明である
駅名標とホーロー駅名標
駅舎、営業当時に使用されていた木造駅舎が残る。当駅は岩内線の駅で唯一駅舎が残る駅である
駅舎には営業当時に使用されていたと思われる駅名標が取り付けられていた
当駅は廃止当時は有人駅であったようである
改札口上部には廃止時点である昭和60年(1985年)3月14日改正の時刻表が展示されていた、1日7往復運行されていたことが窺え、近年廃止となった岩泉線、三江線、札沼線等と比較しても本数が多いことがわかる
駅舎内部は待合室となっていた
駅舎内部、窓口跡やベンチも残されている
岩内線廃止当時の運賃表、函館本線、室蘭本線といった現役路線のほか、近隣の廃止路線である胆振線の駅「京極」「喜茂別」の記載がみられる。胆振線は岩内線の翌年である1986年11月に全線が廃止されている
ホーム側から見た改札口の様子
当駅では内部公開時間帯であれば駅事務室跡にも立ち入ることができ、廃止時のヘッドマーク等貴重な資料が展示されている
待合室内部の様子
前述の通り岩内線内で駅舎が残る駅は当駅のみのため、隣の国富駅の運賃表や時刻表も当駅に保存されている
当駅に保存されている前田駅の運賃表、函館本線国縫駅から分岐する瀬棚線の表記もみられる。瀬棚線は国鉄分割民営化直前である1987年3月に廃止となっている
駅事務室内には古いハカリも保管されていた
ホーム側から見た駅舎の様子
廃止当時、当駅のホームは単式1面1線の棒線駅であり、列車の交換は不可能であった
駅跡に保存されている客車内には立ち入ることもできる
貨物ホームあとに設けられていた上屋も廃止当時のまま残る
当駅の駅跡は地元共和町により「幌似鉄道記念公園」として保存されている。但し、岩内線の廃線跡が国道276号バイパスの用地となったことに伴い、2007年に現在の位置に公園が移設されている
国道側から見た鉄道公園全体の様子、鉄道の廃線から40年が経過した現在も、この地に鉄道があった歴史を今に伝えている
公園に敷かれた線路は行き止まりとなっており、岩内線の廃線跡を転用して作られた国道276号バイパスがすぐ横を通る。札幌と岩内を結ぶ高速バス「高速いわない号」も国道276号バイパスを経由する。岩内線は現在も形を変え、岩内への重要な交通路としての役割を担っているのである

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所在地:北海道岩内郡共和町
乗入路線
 岩内線