富内駅

国鉄富内線の駅、富内の廃駅画像です。
 
駅名標、当駅は国鉄富内線の廃線に伴い、1986年11月1日に廃止された
当駅は1923年の開業以来長らく富内線の終着駅であったが、1958年に当駅ー振内間が延伸開業したことにより中間駅となった。当駅ー振内間の開業から廃線までの営業期間はわずか28年間であった
当駅のホーロー縦型駅名標が保存されていた
駅舎、営業当時の木造駅舎が保存されており、駅舎を含む駅施設全体が国の登録有形文化財にも指定されている
改札口付近の様子
隣の穂別駅のものと思われる運賃表、ほとんどが道内の駅であり道外の駅は青森と東京都区内のみが掲載されている。当時の当駅ー札幌間の運賃は2,400円であったが、現在では富内線の起点であった鵡川から札幌までの運賃で2,400円を超えてしまう
廃止時点である昭和61年3月3日改正の時刻表が残されていた。廃止時点での運行本数は1日6往復であり、富内線の終点であった日高町まで運行される列車は1日4往復のみであったようだ
ホーム側には改札ラッチの痕跡が残されていた
駅舎ホーム側には手書きの駅名標が掲げられていた
かつての窓口・駅事務室跡の様子、廃止時点で当駅では出札窓口が営業していたようだ
廃止から40年近く経った今も手荷物預かり所の看板が残されていた
当駅の普通運賃表は出札窓口付近に掲示されていた
当駅の駅事務室内には鉄道用品が保存されていた
当駅から「駅長」がいなくなって40年以上が経過した現在も駅長看板は大切に保存されている
駅舎内部は待合スペースとなっている
駅舎内には当時の信号取扱所も残されていた
ホーム側から見た駅舎の様子
富内線のラストランの際に使用されたヘッドマークが駅舎ホーム側に展示されていた
富内線の歴史を紹介する看板がホーム側に展示されている。振内から終点・日高町の区間は開業から廃線まで営業期間はわずか22年であった
営業当時、当駅のホームは2面3線であり、列車の行き違い・折り返しが可能であった。現在も最も駅舎から遠い1線を除き、当時の線路・ホームが残されている
ホーム同士の行き来は構内踏切で行っていたようだ
当駅構内には当時の穂別町内にあった富内線の4つの駅(栄・豊田・穂別・富内)の駅名標が保存されている
当駅から振内・日高町方面を望む、当時の腕木式信号機・線路が残されている
当駅から鵡川方面を望む
当駅の鵡川方には空に向かって伸びる線路のモニュメントが設けられている
これは側線を改造したもので、宇宙飛行士の毛利衛のアイデアによる銀河鉄道をイメージしたものである
駅構内には国鉄の旧型客車であるスハ45形とオハフ33形の2両が展示されている
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所在地:北海道勇払郡むかわ町
乗入路線
富内線

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